80年代のバイクといったらこれ!中年ライダー名車を語る

80年代を代表するバイクはなんだろうかと考えてみました。いろいろな名車が頭に浮かびます。ようやく5台まで絞れたときに、「この中から1台を選ぶことは無理だ」と分かりました。どうしてもこの2台は、優劣を付けられませんでした。

◎RZ250の衝撃

80年代は恐らく、「日本の時代」といってもいいだろうと思います。あのバブルが花開いた時期で、世界中の人が「日本に買われる」と戦々恐々としていました。

その80年代がスタートした1980年という年に、RZ250というバイクが生まれたことは、あまりにできすぎたストーリーに感じるのです。80年代は、「日本のバイクの時代」でもあるからです。

というのも、私は、すべての現行バイクは、RZがなかったら生まれていないだろうと思っているからです。極論に感じるかもしれません。しかし私には、RZは「いまのバイク」に見えます。そしてRZより前のバイクは、「昔のバイク」に見えるのです。

RZが語られるとき、そのエンジン性能や、旋回能力がフォーカスされます。つまり技術革新をもたらしたバイクとして、RZは日本バイク史の重要な位置を占めています。

しかし私が注目しているのは、デザインです。しかも、わずか1つの部品のデザインです。その部品は、エンジンでもタンクでもありません。

それは、ステップのデザインです。グーグルの「画像検索」で「RZ250」を検索してみてください。ライダーが足を置くステップを見てみてください。そのステップは、タンデムライダーのステップと一体になっています。そこに3つの穴が開いているのが分かると思います。

 

この3つの穴は、現代アートといっても過言ではありません。70年代のバイクも、相当格好いいです。でもその格好よさは、狙った格好よさというより、極限まで無駄を削いだ機能美による格好よさに感じます。

しかし、この3つの穴は、単なる軽量化という目的で開けられたとは思えないのです。そこには「バイクってもっと格好よくなるよね」という意図を感じるのです。

 

70年代までは、バイクは自由と反抗の象徴でした。なのでRZより前のバイクは、ロックかジャズでなければなりませんでした。しかしRZは、そんな荒ぶれたバイク界に、ポップを持ち込んだのです。3つの穴は、見る者を「バイクをそこまでファッショナブルにしていいんだ!」と驚かせました。

RZは販売でも大成功し、「ホンダ1強」時代に風穴を開けました。ホンダもこれに奮起して、RZよりポップさを追求したVT250Fを出しました。1982年のことです。RZ並の高性能で、RZよりはるかに乗りやすいと評判になりました。ホンダの狙い通り、多くの女性ライダーがこのバイクにまたがるようになったのです。

 

VTはRZの後追って登場したのですが、生き残ったのはVTでした。名称こそ「VT250F」から「VTR」に変わりましたが、4スト250cc V型2気筒というスタイルは一切変わっていません。つまり、ホンダは30年以上も通用する基本コンセプトを作り出したのです。

しかし私は、80年代を代表するバイクとしては、RZを推したいと思います。それは「切り拓いた」という行為に賛辞を送りたいからです。

◎GSX-Rとヨシムラ

80年代のバイクシーンに欠かせないプレイヤーは、国内4社と、そしてヨシムラでしょう。赤字に白ゴシックカタカナ書かれた「ヨシムラ」のステッカーは、ライダーの勲章でした。2ストバイクに「ヨシムラ」ステッカーを張っているという猛者もいたほどです。

GSX-Rはスズキのレーサーレプリカの総称的なネーミングです。現在販売されているバイクにも、「GSX-R1100」や「GSX-R600」があります。しかし、排気量の数字が記されない「GSX-R」だけのバイクもあるのです。そのバイクは1984年に発売された、400ccのバイクで、後継車にはきちんと「GSX-R400」と、排気量の数字が付きました。

スズキがなぜ初代「GSX-R」に排気量の数字を付けなかったのかというと、「排気量を超えたパフォーマンス」という意味が含まれていたからです。その気合は車体にふんだんに盛り込まれていました。レーサーレプリカの象徴のような存在です。

 

ヨシムラがチューンしたGSX-Rは、レースシーンで大暴れしました。つまり、レースで培った技術が市販車にフィードバックされ、その市販車に手を加えてレーサーを作っていたのです。

しかし、80年代を代表するバイクに、このバイクを選ぶと、異論が出ると思います。400ccというカテゴリーなら、現在ではプレミアがついて200万円代で取引されることもある名車CBX400Fは1981年のデビューです。レーサーレプリカで比べるなら、同じスズキのRG250Γの方がパイオニアであり、インパクトが強いでしょう。

 

CBXとΓよりGSX-Rを推すのは、その影響力です。

80年代のバイクマンガの両雄「バリバリ伝説」と「ふたり鷹」において、いずれの主人公も、このGSX-Rに乗ったのです。ちなみに、ヨシムラの創業者、故吉村秀雄氏も、この2つのマンガに実名で登場しています。

GSX-Rは、もちろんスズキ製です。しかし、このバイクに魂を吹き込んだのはヨシムラなんです。

ヨシムラは当初、ホンダと手を組むはずでした。しかしホンダが突如、方針を変更し、両者は破談しました。ホンダがヨシムラを蹴った理由は、4輪も作る大企業であり、既にグルーバル企業だったホンダが、「マチの改造屋」とタッグは組めないと判断したためでした。

ホンダのそのプライドも間違ってはいないと思います。でも、それであきらめず、スズキというパートナーを探したヨシムラと、ヨシムラの技術を最大限リスペクトして共同開発を進めたスズキに、私は敬意を表したいのです。

そしてその思いは、「バリバリ伝説」の作者しげの秀一氏も、「ふたり鷹」の新谷かおる氏も同じだったのではないかと思うのです。なので主人公にGSX-Rを走らせたのだと思いたいのです。

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