◎土下座?
最初にNSRにまたがったときに感じたことは「この姿勢で運転できるの?」でした。足を乗せるステップは、後方に位置していて、しかも高い。ハンドルは、はるか前方に位置して、低い。ほとんど「土下座」に近い姿勢です。
体の中心である「体幹」と、「手」と「足」がこれだけ離れてしまうと、力の持っていき場所が分からないのです。「どこでふんばったらいいのか」という感じです。
クラッチをつないで走り始めても、この違和感はなくなりません。それまで地面に置いてあった足をステップに乗せるわけですが、この「距離」が遠いのです。「距離」とはつまり、「地面」と「ステップ」の距離のことです。ネイキッドであれば、足を地面から持ち上げたところにステップがある、という感じです。とても自然に、足はステップの上に乗ります。でもNSRは「足をわざわざステップの位置に持っていく」ということをしなければなりません。
そして赤信号で止まるときも、ちょっとした「躊躇」があります。「足を降ろす」行為は、走りだしの逆ですので、やはり「わざわざ」な感じがあります。そして停止時には、「ハンドルから手を離す」行為も加わります。
ネイキッドであれば、ハンドルから手を離すだけで、信号待ちの1分間を過ごせます。しかしNSRは、「ハンドルから手を離す」行為にプラスして「上体を起こす」行為が必要なのです。ですから、当然ですが、信号が青に変わりスタートしようとするときは、「上体を寝かす」行為が必要になるのです。
そうなのです、NSRは、スタート時もストップ時も、とても面倒なのです。どうしてこんな不便な姿勢を強いられるのでしょうか。どうしてこんな窮屈な思いをしなければならないのでしょうか。全然リラックスできません。
でも、それには理由があったのです。
◎カーブが楽しみ
交通量がさほどなく、車とバイクの流れがスムースだと、すぐに「NSR姿勢」の恩恵を感じられます。交差点を左折するときに、青信号で通過できるとき、「ノーブレーキでも大丈夫そう」と感じると思います。もちろん公道の90度カーブですから、スピードは出ていません。せいぜい40kmとか、どんなに飛ばしていても60km程度です。
しかし、この「NSR姿勢」がないと、40km走行であっても、「ひとブレーキ」入れたくなると思います。でも「NSR姿勢」だと、「このスピードで曲がる」ということが、まったく恐くないのです。「体幹」「手」「足」そして「尻」の4点が、バイクを均等に「押している」からです。
その際、この4点を「あえて押し付けている」という風ではなく、「自然に押しちゃっている」という感じです。まったく力む必要がありません。こうして、バイクと体の接触場所が格段に多くなり、それがカーブ時に安定感を生んでいるのです。
ネイキッドで左カーブを曲がるときは、「体幹」を左に揺らして、その力で曲がるイメージです。しかし「土下座=NSR姿勢」になっていると、バイクと自分の体が一体になっているので、意識してどこかに力を入れることなく、「コトン」という感じでバイクが寝て、なんなくカーブを通過できるのです。
これは快感です。でも、こんな快感はまだ序の口で、中毒になるくらい強い快感が得られる方法があります。
◎峠道で本領発揮
峠のカーブで大きく膨らんでしまい、「対向車が来ていたら死んでたわっ」という経験は、バイク乗りなら一度や二度はあると思います。もちろんスピードの出し過ぎは厳禁です。でも、「ゆっくり走っているつもりだったのにな」と思っていても、センターラインをはみだしてしまうことがあります。そういうとき「俺(または私)って、運転が下手なんだな」と落ち込んでしまいます。
でも、NSRに乗ると、そういった不安が嘘のように消えるのです。NSRでのカーブはこんな感じです。
カーブが迫ってきて、緊張の一瞬を迎えます。心臓バクバク。「このスピードで突っ込むか」と「ブレーキを強めにかけるかな」のせめぎ合いが始まります。そして「いよいよ体を傾けなきゃ」と思った次の瞬間、「あれ? 大丈夫だな」と思います。そして、カーブに入ってバイクと体が傾いた、そう思った瞬間に、もうカーブは終わっています。なんのドラマもありませんでした。スーっと通過してしまいました。
この「異次元のカーブ体験」は肌感覚でしっかり感知できるぐらい、鮮明です。「ほかのバイクと全然違う」と、はきり感じられると思います。
繰り返しになりますが、これは「NSR姿勢」のお蔭なのです。「そこに足があるから」とか「そこに手があるので」とか「尻がそこに当たっているから」、破綻なく曲がれるのです。カーブを抜けたら、ヘルメットの中で思わず「このポジション、すげー」とうなるはずです。NSRの姿勢は、「カーブ走行養成ギブス」なのです。
◎苦手も
NSRが最も苦手とするのは、タンデム走行です。確かに後部シートも後部ステップもあります。でも次の2つの理由で、タンデムはおすすめしません。
1つ目の理由は、後ろに乗る人が危険に感じるからです。「後部シート」といいましたが、それはとても「人が快適に座るための道具」ではありません。「分厚いipadが置いてある」といった感じです。後部ステップの位置も、「構造上、ここにしか設置できなかった」といった場所にあります。その結果、後ろに乗る人は無理な姿勢を強いられ、加速や減速時に、体が揺さぶられることでしょう。
タンデムをすすめない2つ目の理由は、NSRは1人で乗ることを前提として作られているからです。つまり、後ろに50kgとか70kgの「人という物体」が置かれると、バランスが著しく崩れるのです。先ほど解説した「カーブ」の快適さは、完全にスポイルされます。
1人乗りでは「カーブ快適マシン」なのに、2人乗りになった途端「ネイキッドやアメリカンよりカーブが苦手なマシン」に成り下がるといっても過言ではありません。タンデムは緊急時用と考えた方がいいでしょう。
◎深い懐に安心
バイク雑誌のNSRを解説する記事で必ず出てくるのが「このバイクは、自分の運転スキルが上がったと勘違いさせる」という表現です。まさにその通りです。一般のバイク乗りは、「スピード」より「スムースさ」の方を重視すると思います。つまり、200㎞で走る人より、力まず、しなやかに、颯爽(さっそう)と走る人の方が、格好よく感じませんか。
NSRは、その「格好よさ」を体験できるんです。これが「NSRの懐の深さ」なんだと思います。NSRは80年代と90年代に、市販車レースを席巻しました。「NSRでなければ勝てない」とまでいわれた黄金期を築いたバイクです。速く走りたい人向けに開発されたバイクなのです。
しかし、ホンダのNSR開発チームは、一般ライダーのことも考えていたのです。「プロが使いやすい道具は、素人にはもっと使いやすいはず」という思想です。そうやって作られたNSRは、「素人でも快適に走らせることができるバイクは、プロが使うともっと速くなる」バイクになったのです。
「NSRの乗り心地」を一言で表現すると、「スムースさによる安心感」になります。
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